星の春
まだ夜は明けていなかった。陽が昇るまでにあと半刻の時間があった。
わたしは星だった。一年中雪を頂く尖った峰のはるか上、薔薇色の空に吊るされた銀の椅子に腰掛けていた。
頭には金の冠を巻いていた。わたしの髪は茶色がかった墨色だったが、冠のせいで遠くからは金髪に見えているらしかった。なぜそれを知ったのかといえば、下の人々がわたしのことを、金の角とか金の魚とか、金のひとみとか呼ぶのが聞こえたからだ。時代が変わり、名が変わっても、わたしの名に黄金という言葉がつくことだけは変わらなかった。
わたしの薄く、淡い色の衣はたやすく空に溶け込んだ。冠が、正確に言えば冠に留めつけられた大きな石が金の光を放つのは、昇る前の太陽の光を受けるごく短い間だけだった。
人々が起きる時間は時代によって、国によって、地域によって違いっていたが、貧しく、懸命に働かなければ食べていけない人々ほど朝が早いと決まっていた。彼らは井戸や川の水で顔と手を清めると、わたしに向かって祈りをささげた。どうか今日も一日無事に過ごせますように、というものがほとんどだったが、もっと具体的な願いを口にする者も珍しくなかった。今年は少しはまともな稔りがありますようにとか、赤ん坊が無事生まれますようにとか、戦争が早く終わって夫や父親が帰ってきますようにとか、そんな願いだ。
しかし、わたしには彼らの願いを叶える力はない。太陽にも月にもほかの星にも、夜中に身を横たえる天の川にも人の運命を変える力はない。流れ星にはそんな力があると聞いたが、彼らはひどく気まぐれだ。ほうき星については空に現れただけで世界を滅ぼす力があるというが、断言しよう、そんなことは一度もなかった。
わたしたちはただ、空を巡り、現れたり消えたりしながら人々の営みを見守るだけだ。いや、ただ眺めているだけだ。その中で最も人に心を寄せているのがわたしだった。太陽は人間たちの愚かさにうんざりしていたし、月はといえば美しい少年や少女にしか興味がなかったし、他の星々はおしゃべりやうわさ話に忙しかった。
春だった。何億回目かの春が再びこの星にやってきたが、春というものが生まれてからの年数と、春の回数は同じではなかった。百年のあいだ、この星にはっきりと春がやってくることはなかったからだ。久しぶりの春にわたしは驚いていた。
「ああ」昇ってきた太陽が言った。彼の鷹揚な、ほんとうには少しも他人を顧みようとしない大きな顔が現れると、わたしの衣は水色の空に溶け込んだ。しかし、わたし自身が掻き消えたわけではなかった。
「やっと春が来たか。しかし早かったな」
「星の回復力は素晴らしいものでした」わたしは冠を外し、細かなきらめきを発するだけになった石を衣の裾で擦った。「少なくとも百年はかかると思っていたのに」
「まあ、春をありがたがっていたのは人間だけだ」言いながら太陽はいかにも幸せそうな、人間がいつか言っていた、春眠暁を覚えずという言葉にふさわしい欠伸をした。「他の生き物たちは春が来ようと来まいと、ただ滅んだり眠ったり、姿を変えて生まれなおしたりするだけだからな」
「人間はすっかり滅んでしまったのでしょうか」わたしは磨き上げた冠を巻きなおし、衣を整えて身を乗り出した。「だとしたら、次のこの星の支配者が現れるのはいつでしょう」
「神のみぞ知る」太陽は人との付き合いが長いせいか、すっかり人間の使う言い回しに毒されていた。だからこそ、人にというよりそんな自分にうんざりして、人間たちから距離を置いているのかもしれなかった。「どこかにまだ残っているのかもしれんが、数が減れば馬鹿な戦争でみずからを滅ぼすこともないだろう。もしもすっかり滅んだとすれば、それはそれで喜ばしいことだ。しばらくは他の生き物も安泰だからな」
「あるいは」と、やわらかな草の間に揺れる星の形の花をかぞえながらわたしは呟いた。「神が新しい支配者を創られるのかも」
「ああ、そんな」ふいに声がした。見上げると、わたしのちょうど斜め上に月の女王が浮かんでいた。彼女の衣も陽の光に薄れていたが、すっかり見えなくなるわけではなく、青みががかったひだや銀の刺繍が海月のようにぼんやりと残っていた。
女王然とした月は、白い、骨ばった手を劇的に揉み絞った。「あの美しい子や青年たちも、みな死に絶えてしまったというのですか」
「そういうお前の美しい子どもたちもな」と太陽がまた欠伸をした。「何十年かすれば醜い中年、さらに何十年か経てば耄碌した年寄りに、さらに時を経れば骨と塵だ。よくもまあそんなはかないものに、そこまで入れ込めるものだ」
「はかなければこそ愛する価値があるのですわ」
わたしは星だった。一年中雪を頂く尖った峰のはるか上、薔薇色の空に吊るされた銀の椅子に腰掛けていた。
頭には金の冠を巻いていた。わたしの髪は茶色がかった墨色だったが、冠のせいで遠くからは金髪に見えているらしかった。なぜそれを知ったのかといえば、下の人々がわたしのことを、金の角とか金の魚とか、金のひとみとか呼ぶのが聞こえたからだ。時代が変わり、名が変わっても、わたしの名に黄金という言葉がつくことだけは変わらなかった。
わたしの薄く、淡い色の衣はたやすく空に溶け込んだ。冠が、正確に言えば冠に留めつけられた大きな石が金の光を放つのは、昇る前の太陽の光を受けるごく短い間だけだった。
人々が起きる時間は時代によって、国によって、地域によって違いっていたが、貧しく、懸命に働かなければ食べていけない人々ほど朝が早いと決まっていた。彼らは井戸や川の水で顔と手を清めると、わたしに向かって祈りをささげた。どうか今日も一日無事に過ごせますように、というものがほとんどだったが、もっと具体的な願いを口にする者も珍しくなかった。今年は少しはまともな稔りがありますようにとか、赤ん坊が無事生まれますようにとか、戦争が早く終わって夫や父親が帰ってきますようにとか、そんな願いだ。
しかし、わたしには彼らの願いを叶える力はない。太陽にも月にもほかの星にも、夜中に身を横たえる天の川にも人の運命を変える力はない。流れ星にはそんな力があると聞いたが、彼らはひどく気まぐれだ。ほうき星については空に現れただけで世界を滅ぼす力があるというが、断言しよう、そんなことは一度もなかった。
わたしたちはただ、空を巡り、現れたり消えたりしながら人々の営みを見守るだけだ。いや、ただ眺めているだけだ。その中で最も人に心を寄せているのがわたしだった。太陽は人間たちの愚かさにうんざりしていたし、月はといえば美しい少年や少女にしか興味がなかったし、他の星々はおしゃべりやうわさ話に忙しかった。
春だった。何億回目かの春が再びこの星にやってきたが、春というものが生まれてからの年数と、春の回数は同じではなかった。百年のあいだ、この星にはっきりと春がやってくることはなかったからだ。久しぶりの春にわたしは驚いていた。
「ああ」昇ってきた太陽が言った。彼の鷹揚な、ほんとうには少しも他人を顧みようとしない大きな顔が現れると、わたしの衣は水色の空に溶け込んだ。しかし、わたし自身が掻き消えたわけではなかった。
「やっと春が来たか。しかし早かったな」
「星の回復力は素晴らしいものでした」わたしは冠を外し、細かなきらめきを発するだけになった石を衣の裾で擦った。「少なくとも百年はかかると思っていたのに」
「まあ、春をありがたがっていたのは人間だけだ」言いながら太陽はいかにも幸せそうな、人間がいつか言っていた、春眠暁を覚えずという言葉にふさわしい欠伸をした。「他の生き物たちは春が来ようと来まいと、ただ滅んだり眠ったり、姿を変えて生まれなおしたりするだけだからな」
「人間はすっかり滅んでしまったのでしょうか」わたしは磨き上げた冠を巻きなおし、衣を整えて身を乗り出した。「だとしたら、次のこの星の支配者が現れるのはいつでしょう」
「神のみぞ知る」太陽は人との付き合いが長いせいか、すっかり人間の使う言い回しに毒されていた。だからこそ、人にというよりそんな自分にうんざりして、人間たちから距離を置いているのかもしれなかった。「どこかにまだ残っているのかもしれんが、数が減れば馬鹿な戦争でみずからを滅ぼすこともないだろう。もしもすっかり滅んだとすれば、それはそれで喜ばしいことだ。しばらくは他の生き物も安泰だからな」
「あるいは」と、やわらかな草の間に揺れる星の形の花をかぞえながらわたしは呟いた。「神が新しい支配者を創られるのかも」
「ああ、そんな」ふいに声がした。見上げると、わたしのちょうど斜め上に月の女王が浮かんでいた。彼女の衣も陽の光に薄れていたが、すっかり見えなくなるわけではなく、青みががかったひだや銀の刺繍が海月のようにぼんやりと残っていた。
女王然とした月は、白い、骨ばった手を劇的に揉み絞った。「あの美しい子や青年たちも、みな死に絶えてしまったというのですか」
「そういうお前の美しい子どもたちもな」と太陽がまた欠伸をした。「何十年かすれば醜い中年、さらに何十年か経てば耄碌した年寄りに、さらに時を経れば骨と塵だ。よくもまあそんなはかないものに、そこまで入れ込めるものだ」
「はかなければこそ愛する価値があるのですわ」
そう月は答えたが、彼女の愛し方は人間のそれとは違っていた。彼女は自分の好む少年や少女、見眼麗しい若者を見つけると、その魂を手元に吸い上げて愛で、飽きると天の川に棄てるか、流れ星に玩具として与えてしまう。たまたま来た彗星に投げてやることもある。彗星はたいてい飢えているから、魂をがつがつと貪り食う。そうなると地上に残された身体に魂の戻ることはなく、眠ったままか、狂気に取りつかれるか、ただぼんやりと残りの生を過ごすことになるのだった。
さて、そんなふうにまた何回目かの新しい春が訪れたある日、わたしは自分の椅子から下がる梯子に気がついた。銀の鎖で編んだ梯子だった。いったいいつ、こんなものが吊るされたのか確かめようがなかったが、誰の手によるものかははっきりしていた。わたしたちも下の世界の生き物と同様、神の創造物に過ぎなかったし、神の命令には逆らうことはできなかった。もっともそんなことは滅多にない筈だったが、その稀なことが今、自分の身に起きたのだ。
わたしは鎖の両端を握り、そろそろと降りていった。細い鎖はしっかりと足の裏を受け止めた。下に行けば行くほど梯子の揺れはひどくなった。
長い苦労の末、やっと地上に辿り着いた。春の草原は上から見るより美しかった。星の形の、淡いピンクや水色やクリーム色の花のしべが冠の形をしていることは、空の上からは分からなかった。
梯子はわたしが手を離すとすうっと宙に掻き消えた。あるいは冠や服と同じく見えなくなっただけで、まだそこにあるのかもしれなかった。いつでも帰れるように場所を覚えておこうと思ったが、目印になるものは何もなかった。
ともかくわたしは歩き出した。地上に降りると、衣は褐色のワンピースになっていた。腰には太いベルトが巻かれ、脚には動物の皮で作られた靴を履いていた。
いくらもしないうちに、草の向こうに人影が見えた。影は手を振りながらこちらに向かって駆けてきた。
「生き残りだ!」顔が分かるくらい近くまで来ると、その人は言った。月の女王のお眼鏡にかなうような金褐色の髪の美少年で、大きな眼は利発そうに輝いていた。
「きみ、どこからきたの? ぼくの言葉が分かる? ほかに生きている人はいない?」
わたしはどう答えていいかわからず、まるで頭の足りない子供のように口ごもった。驚いたことに、自分の背丈は華奢な彼の肩までしかなかった。彼の言葉はわかるのに、話すことはできなかった。舌が上顎に貼りついて動かない。
「かわいそうに。うまく話せないんだね」少年はわたしの前にひざまずき、いつの間にかできていた膝の擦り傷を見た。「怪我してるじゃないか」そして背中の袋から竹の水筒と貝がらを利用した容器を取り出し、傷を洗って薬を塗った。薬はびっくりするくらいしみた。生まれて初めて感じる痛みに思わず悲鳴を上げた。声は子供のものだった。
「痛かった? ごめん、もう大丈夫だから」
遠くで他の人間の声がした。意味の分からない言葉が数度発せられたが、それが眼の前の少年の名だと気づくのにたいした時間はかからなかった。
彼はよく通る声でこたえ、ひとりでいる女の子を保護したと伝えた。
いくらもしないうちに人々が現れた。子供ばかりだった。服装は簡素だがさっぱりしていた。草や実を入れた籠を背負っている者もいれば、弓矢を手にしている者もいた。色とりどりの髪を、男の子は短く切るか後ろで縛り、女の子は背中に垂らすか長い二本のおさげにしていた。
子どもたちはお腹は空いていないかとか、どこから来たのかとか、名はなんというのかと騒ぎ出した。わたしは自分が何もわからない少女になった気がして涙ぐんだ。
「だめだよ、みんな」最初にわたしを見つけた少年は、子どもたちのリーダーであるらしかった。彼よりも体の大きい、力の強そうな少年が数人いたが、彼が制すると途端におとなしくなった。
「この子はなにか恐ろしい目にあって、口がきけないみたいなんだ。ともかくぼくたちの家に連れてゆこう。仲間は多いほうがいい」
わたしは少年の後に従った。子どもたちは口々に今日の獲物の数とか、逃した栗鼠のこととか、新しく見つけたキイチゴの繁みについて話していた。
「大人がいなくてびっくりした?」と彼は優しい声で言った。「ぼくたちの仲間はみんな、歳をとる前に死んでしまうんだ。大昔の戦争の毒が水や土に残っているせいらしい」そしてわたしの眼をじっと見て、祈るようにこう尋ねた。「君のいたところも、やはり子供ばかりだったんだろうか」
そのとき、ふいにわたしの舌が自由になった。なにかに操られたようにわたしは答えた。
「いいえ」
さて、そんなふうにまた何回目かの新しい春が訪れたある日、わたしは自分の椅子から下がる梯子に気がついた。銀の鎖で編んだ梯子だった。いったいいつ、こんなものが吊るされたのか確かめようがなかったが、誰の手によるものかははっきりしていた。わたしたちも下の世界の生き物と同様、神の創造物に過ぎなかったし、神の命令には逆らうことはできなかった。もっともそんなことは滅多にない筈だったが、その稀なことが今、自分の身に起きたのだ。
わたしは鎖の両端を握り、そろそろと降りていった。細い鎖はしっかりと足の裏を受け止めた。下に行けば行くほど梯子の揺れはひどくなった。
長い苦労の末、やっと地上に辿り着いた。春の草原は上から見るより美しかった。星の形の、淡いピンクや水色やクリーム色の花のしべが冠の形をしていることは、空の上からは分からなかった。
梯子はわたしが手を離すとすうっと宙に掻き消えた。あるいは冠や服と同じく見えなくなっただけで、まだそこにあるのかもしれなかった。いつでも帰れるように場所を覚えておこうと思ったが、目印になるものは何もなかった。
ともかくわたしは歩き出した。地上に降りると、衣は褐色のワンピースになっていた。腰には太いベルトが巻かれ、脚には動物の皮で作られた靴を履いていた。
いくらもしないうちに、草の向こうに人影が見えた。影は手を振りながらこちらに向かって駆けてきた。
「生き残りだ!」顔が分かるくらい近くまで来ると、その人は言った。月の女王のお眼鏡にかなうような金褐色の髪の美少年で、大きな眼は利発そうに輝いていた。
「きみ、どこからきたの? ぼくの言葉が分かる? ほかに生きている人はいない?」
わたしはどう答えていいかわからず、まるで頭の足りない子供のように口ごもった。驚いたことに、自分の背丈は華奢な彼の肩までしかなかった。彼の言葉はわかるのに、話すことはできなかった。舌が上顎に貼りついて動かない。
「かわいそうに。うまく話せないんだね」少年はわたしの前にひざまずき、いつの間にかできていた膝の擦り傷を見た。「怪我してるじゃないか」そして背中の袋から竹の水筒と貝がらを利用した容器を取り出し、傷を洗って薬を塗った。薬はびっくりするくらいしみた。生まれて初めて感じる痛みに思わず悲鳴を上げた。声は子供のものだった。
「痛かった? ごめん、もう大丈夫だから」
遠くで他の人間の声がした。意味の分からない言葉が数度発せられたが、それが眼の前の少年の名だと気づくのにたいした時間はかからなかった。
彼はよく通る声でこたえ、ひとりでいる女の子を保護したと伝えた。
いくらもしないうちに人々が現れた。子供ばかりだった。服装は簡素だがさっぱりしていた。草や実を入れた籠を背負っている者もいれば、弓矢を手にしている者もいた。色とりどりの髪を、男の子は短く切るか後ろで縛り、女の子は背中に垂らすか長い二本のおさげにしていた。
子どもたちはお腹は空いていないかとか、どこから来たのかとか、名はなんというのかと騒ぎ出した。わたしは自分が何もわからない少女になった気がして涙ぐんだ。
「だめだよ、みんな」最初にわたしを見つけた少年は、子どもたちのリーダーであるらしかった。彼よりも体の大きい、力の強そうな少年が数人いたが、彼が制すると途端におとなしくなった。
「この子はなにか恐ろしい目にあって、口がきけないみたいなんだ。ともかくぼくたちの家に連れてゆこう。仲間は多いほうがいい」
わたしは少年の後に従った。子どもたちは口々に今日の獲物の数とか、逃した栗鼠のこととか、新しく見つけたキイチゴの繁みについて話していた。
「大人がいなくてびっくりした?」と彼は優しい声で言った。「ぼくたちの仲間はみんな、歳をとる前に死んでしまうんだ。大昔の戦争の毒が水や土に残っているせいらしい」そしてわたしの眼をじっと見て、祈るようにこう尋ねた。「君のいたところも、やはり子供ばかりだったんだろうか」
そのとき、ふいにわたしの舌が自由になった。なにかに操られたようにわたしは答えた。
「いいえ」
「そうか!」彼の眼が嬉しそうに見開かれた。「ありがとう、希望が持てたよ」
子どもたちの住まいは自然の岩穴を利用して作られていた。中は乾いて温かく、形や大きさはまちまちだが、たくさんの部屋があった。わたしはその中の、女子ばかりが住む棟の小部屋を与えられた。男子の棟と女子の棟の間には共同のホールと厨房があり、男女が勝手に互いの棟を行き来することは禁じられていた。
わたしの舌は少しずつほぐれ、三月もすると不自由なく話せるようになったが、自分がどこから来たのかについては答えることができなかった。
服のベルトには、種の詰まった袋が括り付けられていた。神のお導きか、どれが何の種でどう育てるのか、すべてわたしには分かっていた。子どもたちはさっそく土を耕し、丁寧に種を蒔いた。わたしは金髪でもないのに、仲間から金の種と呼ばれるようになった。
数年も経つと粉からおやきのようなものを作って食べられるようになった。しかし、仲間たちが恋を知り、数人の子を産むとたちまち弱って死んでしまうことに変わりはなかった。
畑仕事の後、疲れた体を硬い寝床に横たえていると、窓から青い月が覗いた。
わたしは眼を閉じた。頭の冠はにまだ触れることができたが、朝の光を浴びても輝くことはもうなかった。外して磨くこともできなかった。
自分がすっかり人間の、少女の身体になっていることがわかった。自分の中で命を育てることができるのだとわかった。その命は育ち、歳をとって土に却ってゆくのだとわかった。
しかし、そんな新しい命をわたしがこの世に産みだすのは、まだ何年か先の話だった。
子どもたちの住まいは自然の岩穴を利用して作られていた。中は乾いて温かく、形や大きさはまちまちだが、たくさんの部屋があった。わたしはその中の、女子ばかりが住む棟の小部屋を与えられた。男子の棟と女子の棟の間には共同のホールと厨房があり、男女が勝手に互いの棟を行き来することは禁じられていた。
わたしの舌は少しずつほぐれ、三月もすると不自由なく話せるようになったが、自分がどこから来たのかについては答えることができなかった。
服のベルトには、種の詰まった袋が括り付けられていた。神のお導きか、どれが何の種でどう育てるのか、すべてわたしには分かっていた。子どもたちはさっそく土を耕し、丁寧に種を蒔いた。わたしは金髪でもないのに、仲間から金の種と呼ばれるようになった。
数年も経つと粉からおやきのようなものを作って食べられるようになった。しかし、仲間たちが恋を知り、数人の子を産むとたちまち弱って死んでしまうことに変わりはなかった。
畑仕事の後、疲れた体を硬い寝床に横たえていると、窓から青い月が覗いた。
わたしは眼を閉じた。頭の冠はにまだ触れることができたが、朝の光を浴びても輝くことはもうなかった。外して磨くこともできなかった。
自分がすっかり人間の、少女の身体になっていることがわかった。自分の中で命を育てることができるのだとわかった。その命は育ち、歳をとって土に却ってゆくのだとわかった。
しかし、そんな新しい命をわたしがこの世に産みだすのは、まだ何年か先の話だった。
FIN
Kohana S Iwana
2023/11/09~2024/05/21