永遠の人(前)
この星で最も長寿なものはなんだと思う? とその人は言った。
なんだろう。わたしは首を傾げた。ずっと前、身体の大きな生き物は長生きだと読んだことがある。生物の一生ぶんの脈の数は決まっていて、身体の大きな生き物ほど心臓がゆっくり打つから、それで長く生きられるのだという話だった。
呼吸についても似た話を聞いたことがあった。生物が一生にする呼吸の数は決まっているから、息が静かでゆっくりなほど寿命が長くなるのだ。
どこかの山の頂に古い僧院が建っていた。雲に紛れて散らばる棟で修行を積む僧たちは、こうした秘密を知っていた。彼らは呼吸を操るすべを身に着けていた。
岩肌にしがみつく建物を繋ぐ細いつり橋、軒に下がる鉄製の風鈴、そして、頭も髭もきれいにそり上げ、臙脂色や黄土色の衣の前からあばらの覗く男たちの姿を、以前ヴィデオで見たことがあった。それでも僧たちの寿命はせいぜい百数十年くらいだ。
父は、遠い国の人々の暮らしぶりを映したヴィデオが好きだった。
わたしも一緒に四角い画面の前に座り、ふじ色の峰が間近に迫る山の牧場へ牛を追ってゆく人びとや、ビリジアンの海に浮かぶ筏の上に建つ家々や、あかね色の岩山に開けられた洞窟の様子に夢中になった。
牛の群れに紛れて歩く子どもたちの、ふしぎに伸びて豊かに響く歌声や、海とともに生きる人たちの暮らす、低い平屋の窓辺に下がる五色の魔除けや、ごつごつとした岩の中にふいに取り付けられた黒いドアとその奥に広がる角のない部屋、天井や壁に描かれた花や鳥や女神の絵、そして、ドアと同じ木でつくられた黒光りする家具をはっきりと覚えている。
ヴィデオの中には輝く塔に暮らす神々のような人たちの様子を映したものもあれば、眼をそむけたくなるほど辛く、恐ろしい光景もあった。
宝石の粉で身を清め、地図のかなたに湧く泉の水を飲み、瞬きするごとに虹の色を順に映す衣をまとう華奢な人びと。枝のようにやせ細り、食べ物を求めて奇妙に明るい色の椀を手にさまよう人びと。わたしには計り知れない覚悟を決め、勇ましくうたいながら戦いに赴く男たちもいれば、すべてをあきらめ崩れた壁の傍にうずくまる母子もいた。かつては美しい家だった瓦礫の山が、燃える空を背に真っ黒い影を落とし、雷鳴を百も合わせたような爆音が絶えず轟いていた。
そうしたヴィデオのナレーターは大抵は男性だった。若すぎも老いすぎもせず、高すぎも低すぎもせず、よどみなく語りかけるように読み上げ、淡々と読み上げるように語りかける声は、そういえばこの人と少し似ていた。
わたしは黙ったまま首を横に振った。どうしてこんな話をしているのだろうと思った。
父の葬儀が終わったばかりなのに。
父が死んだ。父が死んでしまうなんて、今迄一度も考えたことがなかった。
父はずっと傍にいて、この森のはずれの小さな家で、向かい合って食事をし、お茶を飲み、それぞれの寝室と決められた場所を掃除し、画入りの大きな事典を開き、どこか遠くに住む人々の様子を映したヴィデオを観て、夜更けにはラジオから流れる音楽を聴きながらゆっくり巡る星を見て、そんなふうにいつまでも暮らしてゆくのだと信じていた。
わたしには父以外の話し相手はいなかった。学校にも行っていなかった。そもそも近くに学校がなかった。
学校というものの存在は知っていた。本で読んだし、ヴィデオにも繰り返し出てきたからだ。
画面の中で、学校と呼ばれる建物は、古びた木材や、よく磨かれたしみひとつない白い石や、太い樹と大きな葉っぱでつくられていた。壁一面を覆う黒いボードに向かって小ぶりの机と椅子がずらりと並べられていたり、巨大な硝子窓の向こうに色とりどりのスツールと白いドーナツ形のテーブルが散らばっていたり、かと思えば簡素な屋根の下に積み木や字の書かれた大きなカードをのせた台が置いてあるだけで、子どもたちは茣蓙の上に座り、大声で叫びながら手を上げたり、笑いあったりしているのだった。
学校に行くのは子どもと決まっているらしかった。近くに住む子どもたちが一人残らず集められ、同じ処で勉強をする。そして五年とか八年すると、古い石やブロックや、生きた樹をそのまま使って作られた門から出てゆき、二度と戻って来ないのだった。
わたしはそれが不思議だった。世界は広く、知るべきことはたくさんあった。十年足らずの勉強では、その億分の一も理解なんてできないはずだ。けれども門を抜ける子たちは皆誇らしげに眼を輝かせ、顔を空へと向けていた。
門の先に何があるのか訊くと、父は「他のヴィデオだよ」と答えた。つまりその子たちは、修行や牛追いや魚とりや、岩場の間の細い畑や空にかかる硝子の橋や、怖ろしい飢えや戦争の入り乱れる世界に入ってゆき、死ぬまでその間をさまよい続けるのだ。
だけどわたしはそのすべてから護られてここにいた。自分の暮らしはこのままいつまでも続くと信じて疑わなかった。