鍵 4
アサンドはテラスに据えたがたがたのテーブルで、大抵本を読んでいた。仕事でなにか書いているときも、足元に読みさしの本が何冊も積まれていた。
仕事が終わると軽食を摂り、そんな時に通りかかると、遠い国の不思議な話を聞かせてくれた。暗い海の底に棲む、魚とも貝とも蟹ともつかない生き物や、冬の間は陽が昇らず、逆に夏には陽が落ちない北の果ての島々や、年に一歩ずつ歩く巨木と、そのうろに巣をつくるエメラルド色の爪の猿たちのことを。
彼自身が世界を旅して回ったわけではない。そうしたものについて書かれた本を読んだのだ。
古い家いっぱいに溜め込んだ本の中には、もっと不思議な話を扱ったものもあるのだとアサンドは言った。地下の生き物を治める岩塩と鉱石の王国、雲のはざまに暮らす影のような人びと、死んだ人の魂がこの世の終わりまで眠る蒼い洞窟。
ある日わたしは彼に教わり、ページいっぱいに描かれた絵に添えられた短い文章を読んだ。垂れ込める雲の下で藍色の波に揉まれる船の画の下には、小さな島の王である船長の名と、彼が世界の最果てを目指していることが書かれていた。
夏至祭りの夜だった。わたしとアサンドは彼のテラスのテーブルでお茶を淹れ、長く台所の棚に眠っていた金縁の丸皿に、祭りの日の夕配られる菓子を並べた。広場に焚かれる夏至の塔が夜空に火の粉をまき散らし、その光だけで本が読めるほどだった。
籤で選ばれた緑の娘と、娘が選んだ夏至の王と、従者に扮した子どもたちが鈴を鳴らして前の坂を練り歩いた。わたしはつい行列の中に、友達やジョノや学校の先生の姿を探した。でも、さらさら揺れる若菜色のドレスやビリジアンのマント、炎を映す冠や、黒髪に編みこまれたビーズに眼がくらんで顔の見分けもつかなかった。
七つの時、いちばんの従者の役をやったんだ、アサンドがふいにそう呟いた。たいまつの火で親指の先にやけどをしてね、ずいぶん長く疼いたっけ。
遠ざかる鐘とベルと太鼓の音を聞きながら、彼はさらに話をつづけた。
成績が良かったアサンドは進学を勧められた。家が裕福だったから費用の心配はなかった。七つの塔が競うように空を目指す巨大な街の学校で、彼は星について、時間について、魂の問題について学んだ。何人かの先生から弟子にならないかと声をかけられた。でも、ある日なにもかも嫌になってしまい、この町に戻って代筆屋になったのだ。
なぜそうなったのかは彼は教えてくれなかった。わたしも訊きはしなかった。ただ、彼の注いだお茶の残りを飲みながら、ジョノもなにもかも嫌になってしまえばいいのにと思った。どうせそうなるなら学校だってやめてしまえばいい。
わたしと同い年で学校に通うのは、ジョノだけになっていた。他の子たちは親の仕事や家事の手伝いに忙しかった。結婚を決めた子さえいるほどだった。