舟 4
二十五歳になった朝、ぼくは町の中央にそびえる針のような塔に呼び出された。この日に声がかかるのはどういうことか、町の誰もが知っていた。
名誉なことだとグループ・リーダーは言った。仲間はさっそくお祝いの計画を立て始めた。でも、当のぼくは嬉しいとも誇らしいとも思えなかった。少しも喜ばないぼくを見て、怖いの? と女友達がしなをつくった。ぼくはこみ上げる嫌悪感に顔をそむけた。
いつの間に、こんなふうになってしまったのだろう。
家族と一緒に町に住んでいたころは、両親のことが好きだった。妹だって、鬱陶しくはあったけれどそれなりにかわいかった。
子供用の、目の覚めるような緑と黄色で塗り分けられた釣り具セットを欲しいと言って泣きわめいた。どうあっても買ってもらえないとわかると、父が昔使っていた釣竿を持ち出し、これは大人の使う本物なんだと自慢した。通りで青っぽいグレイの野良猫に出くわすたび、人の言葉で話しかけてきやしないかと息を詰めた。
今のぼくは、友達も仲間もいたけれど、誰かを特別に好きなわけでも、大切なわけでもなかった。優秀者に与えられる賞状やメダルは棚の奥にしまい込まれた。バッジはつけないと角が立つから仕方なく上着に留めていたが、季節がなくなったのをいいことに一年中つけっぱなしだった。
心から会いたい人は見つからなかった。足を浸したい流れも、舟を作るための笹もなかった。覚えるべきことを覚え、やれと言われたことを淡々とこなしてここまで来ただけだ。
ただひとつ、大切にしているものといえば、棚の厚い五冊のノートと一冊の小さな手帳だけだった。壁まで通りを一目散に逃げて行ったあの日以来、ぼくはあかりから聞いた、自分自身が覚えている、さらに図書館で調べた古い物語を、わざわざ紙に書き留めていた。書くだけでなく幾度も読みかえしていたから、どのノートも表紙は擦り切れ、ページは無意識につけられた折り目やしみで彩られていた。