舟 (完)

  塔に呼び出されたぼくらは、町から更に別の施設に移された。新しい住まいは島だった。戦争と災害と疫病を免れた半月型の島の地下には七層の都市が広がり、星じゅうから集められた人々が研究や訓練に勤しんでいた。
 二年にわたる訓練の途中、あかりについて知らされた。あかりの過去についてほんの少し知ったのもこの時だ。彼女と隣りの部屋だった女性が同じグループだったのだ。あかりはあの町で暮らし始めた三か月後、なんということのない風邪をこじらせて死んでいた。
 珍しいことではなかった。この時代の、この星の子どもや若者は、時折ふっと命を落としてしまうことがあった。
 町にいたころ、近所の女の子が急死した。ぼくはまだ幼かったから、信じられない死に方だったというほかには詳しく教えてもらえなかった。
 施設の同じ部屋の子は歯を磨き、パジャマを着て、おやすみと言ってベッドに入り、朝には冷たくなっていた。念のためにぼくらは全員、唾液やら血液やら尿やらを検査され、何本も注射を打たれた。
 町に来て最初に話した少年は、玄関前の段差を降りるようにビルの上から飛び降りた。彼はぼくよりもっと優秀だったから、惜しい人材を失くしたと大人たちは嘆いていた。

 出発の日、ぼくはは改めて自分の乗るカプセルを見た。カプセルはあかりがぼくに語り、一年前に植物園で見る機会に恵まれた、本物の竹によく似ていた。
 竹は濃い緑色をしていたが、そのカプセルは金色だった。だからいっそう、あの物語の不思議な竹を思わせた。
 銀の梯子を上ってカプセルに乗り込んだ。蓋つきのベッドにしか見えなかったが、身体を取り巻く壁の向こうにはさまざまな装置が詰め込まれていた。
 カプセルは宇宙に打ち上げられ、列をつくり、輪となった月を縫い、ぼくたちの星がこんなふうになる前に発見されて、食べ物や大気や水や、その星太陽の光のせいで、ぼくたちとは姿も暮らしぶりも変わってしまった仲間の暮らす、遠い星へと向かうことになっていた。
 カプセルに積む荷物は厳密に管理され、たった五冊のノートと一冊の手帳を入れるスペースも許されなかった。でも、幼いころ、月明かりの中で母から聞いた話も、砕けた月のつくる虹色の輪を眺めながらあかりがしてくれた話も、本とデータが半々の町の図書館で調べた話も、すべてぼくの頭の中に入っていた。だから新しい星に着いたその日から、眼の色も髪の色も違う、噂によればトカゲに似た動物を乗りまわし、真っ白いチーズと目の詰まった黄色いパンを食べて暮らしているという、先祖を同じくする仲間に語って聞かせることができるはずだ。
 あかり以外のどんな女性も好きにはなれないと思うが、着いた先で結婚し、なるべくたくさんの子どもを作り、育てるのがぼくらに課せられた任務だった。だから、子供にはぼくの集めた話を聞かせてやりたいと思った。結婚する相手はあかりに少しも似ていなくても、せめてそうしたことを嫌がらない女性にしようと決めていた。
 子どもを育て上げたら旅に出るつもりだった。旅先で、母星のことなんて忘れてしまった人々に昔話を届けるつもりだった。

 カプセルが閉じた。仮死状態で旅をすると聞かされていたが、恐怖はなかった。宇宙船ではなくカプセルを使うのは、隕石や嵐や、万にひとつもないと思うが、別の星の生物と遭遇した時、全員が一度にやられないようにするためだった。しかし、そんな話を聞かされても全く実感が湧かなかった。なにもかもがお伽話のようだった。

 人工的な甘ったるい香りのあと、針で刺される注射の痛みを感じる前に、ぼくの意識を闇が覆った。
 カプセルは瀕死の大地から次々に打ち上げられ、月のかけらを縫って縫って進み、宇宙を渡る見えない河の流れに乗り、いつ果てるともわからない、長いながい旅を始めた。


FIN
Kohana S Iwana
2024/08/22


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