鍵 6

 だからジョノが町に戻った時はびっくりした。アサンドのようになにもかも嫌になったのだろうか。それで故郷で商売を始める気になったのだろうか。ジョノが店を開くとしたら薬屋だろうか、本屋だろうか、それともアサンドと同じ代筆屋だろうか。
 しかし、ジョノはまったく姿を見せなかった。毎晩遅くまで、隣りの窓に明かりがともっているだけだ。
 ジョノが町に戻って十日目の夜、わたしは思い切って丸めた紙の玉を投げた。もう夢の中の出来事としか思えない遠い昔、二人とも子供で、あの先生が町に来る前していたように。
 息を詰めて待つと、がたんと音がして窓が開いた。昔のようにくしゃくしゃの頭のジョノが顔をのぞかせた。
「なにしてるの」わたしは訊いた。「こんな夜中に」子どもの頃ならとっくに寝ている時間だ。
「う、か、か、鍵だよ」と彼は答えた。今にも泣きだしそうにどもる声は、昔の彼そのままだった。
「鍵?」いつかのアサンドの話をわたしは思い出した。「探してるの?」
「つ、つくるんだ、鍵」
 そう言うとジョノは窓を閉めてしまった。
 その翌々日、ジョノの部屋からぼやが出た。わたしの窓の厚い硝子も煤で真っ黒になった。
 それきり彼は消えてしまった。部屋はきれいに掃除され、幼いころからの思い出の品はすべて処分されていた。
 ベッドに横になった跡はなかった。焦げた机の上には小さなるつぼが据えられ、周りに陶器とガラスのかけらが散らばっていた。硫黄とも薬草ともつかない匂いが部屋いっぱいに満ちていた。
 ふたたびジョノの窓に灯がともったのは、それから更に一週間後の深夜だった。
 眠れずにいたわたしは上着を羽織り、枕元のランプもつけずにいっぱいに窓を開いた。
 ひびの入った窓の向こうに彼がいた。部屋の真ん中に立ち、あたりを見回し、なにか呟いている。そして懐から小さな鍵を取り出すと、鍵穴に差し込み、ドアの向こうの薄暗がりに姿を消した。わたしはベッドに戻り、そのまま朝まで眠ってしまった。
 その後、ジョノが見つかったとか、大学に戻ったとか、なにか大きな発見をしたとかいう話は聞かなかった。あの火事の夜から消えたままだ。だからすべて夢だったのかもしれない。そもそもジョノの部屋のドアに鍵などついていないのだから。